Tuesday, March 17, 2015

STAND BY MEドラえもん

壁]*´・ω・`)ノコンチャ 
今日、映画「STAND BY MEドラえもん」観てきました。
折角ながら久しぶりに感想文書こうかなとね
やや辛口感想となっておりますのでご了承ください。
※ネタバレしています。長文注意。


今回の映画の感想をひとことでまとめると……

映像はすっごい!
でもエピソードの詰め込みすぎで
登場人物の心情と流れが良く分からない……


に、なるでしょうか。

今回の映画は先に以下の点を挙げておきます。


・宣伝の過剰さや「ドラ泣き」というコピーに引いたとしても、それは本編と切り離して鑑賞できる作品だった
ギャグも多いですし、あからさまな泣かせ狙いという程でも大人媚びでも無かったですので、あの宣伝だけで敬遠してしまうのはもったい無いかもしれません。
過度の不安も期待も持たず、真っ白な気持ちで観に行くことをおすすめします。


・映像がとにかく素晴らしい!!
私は3D版しか観ていないのですが、イキイキとした迫力ある映像!
特にタケコプター飛翔シーンは最高です!!
空を飛ぶという「夢」を再認識させられました。
従来のアニメと違う手法で製作する意味や可能性は確かに感じられました。
「あばら谷ホーム」や件の玄関マット等小ネタも隅々まで楽しいです。
この辺は後ほど。


・長年にわたる原作ドラえもん短編で紡いできたことを、あえて一本の映画にまとめてみようという試み自体はアリ
のび太とドラえもんとの出会いと別れ(再会)、しずかへの想いと未来、それらをひとつの物語として通して観ることができるのは新鮮であり、なるほどなと思いました。
それぞれのエピソードは比較的原作どおりに進めながら、次の話へ(それ自体は)自然に繋がっていて見事でした。
テンポも良く中だるみも無く、これだけの出来事をこの上映時間にまとめたことも本当にすごいです。


以上を踏まえまして、気になった点について。
個人的印象なので、そういう考え方もあるのかなと思っていただければ幸いです。
また、以下の点でこの映画の全てが悪かったということではありませんので、ご容赦ください。
後述しますが見所もたくさんあります!

 ◇

<登場人物の交流と心の動きが十分に描かれていない>

これは7つもの原作エピソードを一本の映画にしたせいで、それぞれの出来事が「イベント消化」のようになっており、そこに至るまでの根拠や心情が不自然になっているという感じがしたということです。
主に3つの問題について述べていきます。


・のび太とドラ問題

のび太の幸せが達成されるまで未来に帰れない、
そしてその後は望んでものび太の時代に居られない、という
「成しとげプログラム」の設定それ自体は、ドラとのび太の生活を始めること、また物語をあの尺で終わらせるためにも効果的なアイディアだと思います。
(個人的にはドラ自らセットして自爆するパターンの方がそれらしいと思いますが……)

さておき、
最初は「早く帰りたい、のび太の世話なんて嫌だ!」と
乗り気じゃなかったドラが
『いかにしてのび太との別れを惜しむようになったか』
そこを描かなければならないし、そこが観たかったと思いますが、いつの間にか「のびちゃん好き好き~」になってしまっていた気がしました。

いや、一緒に空を飛んだり、遊んだり、しずかと結婚する未来に手を取って喜んだりと、十分のび太と交流しているだろ、と言えば、確かにそうかもしれません。
二回目の鑑賞では、うまく省略しながらもちゃんと喜怒哀楽を共にしているなあと全体的には納得がいきました。

けれど、そこで引っかかるのが「成しとげプログラム」です。
あの設定と、最初に嫌がっていたという描写がある故に、
「ドラは早く帰りたいためにのび太に協力しているんじゃないか?」
という疑念がどうしても頭をよぎってしまいます。
実際にはちゃんとのび太に友情を感じていたと思います。
けれど観ている間は本当にそうなのか?と常に不安を抱かせる要素でした。
実のところがどうであれ、その可能性を生じさせてしまっているのはどうなのかということです。

個人的には、物語中盤の『しずちゃんさようなら』編の段階でもまだ
ドラが「君がしずかちゃんに嫌われたらぼくも困るんだよ!」と、絶望のどん底にあるのび太をフォローするより、自分の都合とも取れるセリフを叫んでいたのがショックでした。

ドラはもともと毒舌だしドライな奴だから、それくらい言うかもしれません。
でも、それはたくさんある短編の中で出てくるから不自然さの無い描写なのではないでしょうか。
原作やアニメ短編ではそれと同じくらいドラとの友情描写が表裏一体のものとして、のび太との関係を支えています。
しかし、原作やアニメの既存の関係に寄りかからず、山崎監督八木監督がこの「映画の中」だけで、ふたりの「はじまりとおわり(再会)」を描くつもりであるなら、この映画の中だけで関係の変化を描かねばならないのです。
その点でやはりのび太とドラの交流と、ドラの感情の移り変わりが、納得のいくように自然に描かれていたかと言うと首をかしげざるを得ません。

ここで、もうひとつ問題となるのが「イベント消化型」の構成です。
あの嫌がっていたドラが「帰りたくない」と語るまでになるはずの映画で、なぜ絶望と自己否定の底にあり、生命の危険すらあった(虫スカン服用の)のび太をあっさり見捨てて飛び出していったのか? 
それは「しずかと結婚するためのイベント」だったからです。
原作とかそういうのを抜きに、普通に流れていく物語なら、ここでのび太とドラの信頼と友情を深めていくべきです。それでこそお互いに別れたくなくなり、「さようならドラえもん」編で、のび太がドラのために頑張る説得力も増すでしょう。
しかしここは『のび太―しずか』ラインの絆を深める出来事なので、ドラには話の都合上退場してもらわなくてはならないのです。
なによりそれが"原作どおり"ですしね。

つまりしずかとの物語(イベント)を進めている時はドラとの関係が進まず、逆もまたしかりという特有の構造になってしまっているのです。
それはしずかとの結婚がのび太の幸せであり、ドラが帰る条件であるという話の構成上、どうしても仕方が無いことだったとは思います。

しかし、それなら、もうちょっと何気ないところで関係性のフォローを入れてほしかった。
前述の「ぼくも困るんだよ」発言は、やっぱり無い方が良かったのではないでしょうか……
あとはちゃんとのび太に(ドラが居なくても)「ひとりでやれるさ!」と約束させて、それ故に安心させようと頑張るのび太も描いてほしかった。
あるいは、自分との別れを悲しんで飛び出していったのび太を探しにも行かず「のび太くん早く戻ってこないかな~最後の夜なのに!」と勝手にいら立っているドラをなんとかしてほしかった。
例えば、そんなことをいくつも思い浮かべてしまうのです。

ドラがのび太に与えるもの、というだけでなく、のび太がドラを支える側面を描く(同時に友情も育む)という要素で「好きでたまらニャイ」など、ドラの恋愛エピソードがあっても良かったかもしれません。
とにかくドラにとってののび太の存在について、「ホップ・ステップ・ジャンプ」の「ステップ」に当たる交流をもっと観たかったなあと思うのです。


・のびしず問題

のび太としずかについては明確に「ふたりが結婚する未来をめざす」という目的があります。
こちらで問題になるのは「しずかは何故のび太と結婚する気になったのか?」≒「のび太のことを好きになったのか?」ということ。
二人の具体的な恋愛プロセスは原作でも不明ですが、だからこそ「今回の映画の中」ではひとつの物語として収まるように、それなりに納得がいくように描いてほしかったなあと思います。


問題点は主に二つあります。
ひとつは、しずかが心惹かれるに足る、のび太の良さ、優しさや人格といったものを感じさせるエピソードがほとんど無かったこと。
今作ののび太は失敗をして失敗をして泣いて……それでも立ち上がるところはもちろん美点ではあるのですが、それだけでは無いだろうと思います。

「しずちゃんさようなら」でスカートめくりをする際に目をつぶっていることや、そもそもしずかの幸せのために身を引く決心をしたことは、のび太らしい自己犠牲を伴う優しさが表れていると思います。
けれども、せっかく一念発起して勉強した努力が完全に「しずちゃんさようなら編への導入」として消化されてしまったことや、しずかに嫌われようとしたあの 行為をもって「きみの人を思いやる気持ちが未来を変えようとしているんだ」とドラに言わせるなど、あたかも「結婚前夜」のしずパパの「人の幸せを願い~」 の根拠のように扱われてしまったところにモヤモヤとさせられます。
のび太の願う「人の幸せ」って、もっと違う場面で発揮されるものじゃないかなと。

いや、限られた時間で実に有機的に原作の話を繋いであると、そのためだとよく分かるのですが。
例えば絵を描いているしずかの前で転んで、しずかにまで泥ハネをしてしまったところで、「ドラえも~ん」と泣くより、まずしずかに謝ってほしかったなと
そういうのび太をもっと観たかったし、そういう部分でしずかと結ばれる未来に説得力を出してほしかったと思うのです。


二つ目はしずかの気持ちの変化や流れがあまり感じられなかったこと。
とりわけ「雪山のロマンス」編と「結婚前夜」編です。
しずかの「オッケー」は未来ののび太には直接伝えておらず(後日の「そばについててあげないと」のシーンはカットのため)、熱で意識を失ったまま病院へ搬 送、そのまま「結婚前夜」編に突入、前日の二人は会わないまま、と、大人のび太と大人しずかの交流が登山へ誘う部分しか無かったことに戸惑いました。
「え? こんな流れで結婚しちゃって良いの?」と不安になります。

確かに原作でも具体的なやりとりはありません。けれども二人の結婚に「この映画の中だけ」で説得力を出すためにも、しずかの心情描写を加えるなどのオリジナル要素が観たかったと思うのです。
渡辺監督の映画「結婚前夜」なら猫の飼い主探し、2011年テレビ版ならイヤリング探し、2013年末テレビ版「雪山のロマンス」なら桃缶と、近年のリメイクの多くでエピソードが足されていたのは、手がけた方々が「原作短編二十数年分のふたりの関係の要約と延長として追加要素が必要」と判断されたためではないかなと考えます。

この映画のオリジナル要素としては「届け! この記憶!」はF先生の短編「あいつのタイムマシン」的でなるほどと興味深かったですし、未来ののび太本人がしずかを助けにやってくる展開自体は嬉しかったです。
風邪も吹雪も構わずに駆けつける姿からは、変わらずしずかのことが好きなんだな、ちゃんと進歩してるんだなと感じることができました。

ただ、その姿をしずかが見ていないのですよね……あとで意識を取り戻した時、彼女が自分の決断が間違っていなかったことを感じる、はずなのですが、それを観たかったなあと。

あとは個人的に、のび太が空に向かって叫んでいる間もしずかは吹雪にさらされて病状が悪化していたわけで、その前後でいいから、もっと雪からかばってあげるとか、膝枕をするとかしてあげてほしかったなと思うのです。

大人のび太がしずかを病院に連れて行った後、そのまま家に帰るつもりだったこともちょっと残念。
いや、風邪がうつることを懸念していたのかもしれませんが、それならプロポーズの承諾を知ってUターンするのは現金すぎますし……話の都合上であれば、 いっそ風邪はほとんど治ったことにして、子どものび太に報告後はしずかのそばに最初から戻るつもりでも良かったんじゃないかなと思います。そうすればしず かの好感度UPとともに、病院で必然的にしずパパママとのやりとりも生まれるはずなので、そのまま「結婚前夜」の伏線にできたんじゃないかなあと。

時間の問題もありますし、観た人に間の出来事を想像させる手法が必ずしも悪いとは言いませんが、一本の映画として描くのであればやはり、本来異なる時期の原作を繋げただけでは登場人物の心の動きが釈然としないなあという印象を受けました。
言葉が悪いですが、そのあたりもイベント消化型?と感じてしまう理由です。


・出木杉問題

彼については心情の変化の描写は不要でしょう。
ですが、出木杉という存在を乗り越えること、それはのび太がしずかと結婚するために必要な過程であり、逆に「こなさなくてはならなかったイベント」だったと思うのです。

具体的に何か出来事をオリジナルで追加するのは難しいでしょうし、越えるという意味は精神的なものだと考えますので、やっぱりここでは原作どおりに酒を酌み交わして祝福してほしかったです。

そもそも人物像が一貫していないのも気になります。
「こんな道具に頼ってきみの心を動かすのは嫌なんだ」と語っていた少年が、
「できればぼくが幸せにしてあげたかった~
 でも『あなたは何でも一人でできるから』って言われちゃった~」
と酔いつぶれている姿には誰??という印象が……

いや、人間味のある出木杉の描写もありだと思います。でもこの話の、この場面でクダを巻いてしまうと、「単なる出木杉の自滅」のようになってしまい、「のび太はしずかと結婚する」という話の説得力やドラマ性を削いでしまうと思うのです。
好みの問題もありますが、彼は出来過ぎで完璧で素晴らしい人物として一貫していなければならないと考えます。
のび太には能力的も人格的にも勝てるところは何一つなく、恋のライバルであると同時に精神的にコンプレックスを与え続ける存在であるべきでしょう。
その劣等感につぶれることなく、のび太はのび太の良いところを大切に、悪いところはちょっとずつ改善して(作中の算数の勉強のように)、ひたすらしずかを想い続けてきた結果の結婚であり、出木杉たちと呑む酒だったのではないかなあと思うのです。

しずかがのび太を選ぶ、心惹かれたという描写は薄いのに、出木杉を振ったセリフだけは作中しっかりと語られてしまっているのが、源静香という人間の感情を 余計分からなくさせているというか、性格を悪く思われかねない構成になっているのも、バランスが良くないんじゃないかなあと感じます。
実際にはもっと柔らかい言い方だったのだろうと思いますが。

逆に、ジャイ子に関しては「のび太と自然に言葉を交わし、祝福を受け取る」「彼女自身の未来も分岐して現状が充実していることを示す」など、映画冒頭で語 られた「忌むべき未来の象徴」としてのジャイ子から、実に理想的な感じで「乗り越えた」のではないかなと思いますので、出木杉もそういう描写にしてほし かったなと惜しまれます。


ということで、「この映画の中」でみたら、
・キャラクターがなぜその行動をとるのか根拠になる描写が無い
・心の動きが描かれていなくて結果が不自然

と思える部分があったのが残念でした。

でも、全体的に7.5/10のところかな?
ドラえもん自体もすごく好きだからかなりおすすめするよ!


では、ヾ(;ω;)Byeヾ(;ω;)Bye

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